さよならヴィーガン・・15年つづけたVEGANを辞めた理由を書いてみた。

任天堂Switchの名作ゲーム「ゼルダの伝説・BREATH OF THE WILD」にすっかりハマっている僕(@ka__zz)です、ごきげんよう。

子供の頃から大好きだったゲームの最新作(2017年発売)をようやく購入し、移動の電車でひとりニヤニヤしながらプレイしております。そんな今日この頃、突然ではありますがヴィーガンを辞めることにしました。

理由をひと言でいえば・・・

時代というか宇宙の流れにヴィーガンが合わなくなってきたからです、僕的に。

そんなわけで、僕がVEGANを辞めた理由を書いてみます。

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僕の感覚に合わなくなってきたVEGANという考え方とライフスタイル。

高橋直弓
ベジタリアン歴30年の友人でマクロビスタイリストのなおみん

ヴィーガンとはなんじゃらほい・・?

ウィキペディアによると・・・

「ヴィーガン」 (vegan) という言葉は、「酪農製品を食べない菜食主義者」を表すために、1944年にイギリスにおいてヴィーガン協会の共同設立者であるドナルド・ワトソン(英語版)によって作られた言葉であるが、ヴィーガン協会は卵の摂取にも反対していた。

1951年、ヴィーガン協会は「ヴィーガニズム」の定義を拡大し、「人間は動物を搾取することなく生きるべきだという主義」の意味だとした。1961年、H・ジェイ・ディンシャー はアメリカ・ヴィーガン協会を設立し、ヴィーガニズムをジャイナ教のアヒンサー(生物に対する非暴力)の概念に結びつけた。

ヴィーガニズムの運動は、規模は小さいが、年々拡大を遂げている。ヴィーガンのレストランも増加しており、アイアンマン・トライアスロンやウルトラマラソン等の耐久競技のトップ選手の中にも、ローヴィーガニズムやヴィーガニズムを実践する者がいる。

{中略}

バランスを充分考慮したヴィーガン食は、心臓病等、数多くの変性疾患に対し予防効果があることが知られている。

ヴィーガンという概念はウィキペディアでは上記のように、こむずかしく書いてありますが、もっとシンプルに言えば、可能な限り動物性の食事をしない、身につけない、傷つけない生き方です。

僕自身のことを言えば、わりと適当なVEGAN生活をつづけてきましたが、ここ最近は自然栽培野菜と玄米と味噌を中心に、家ではかなりシンプルなベジ飯を食べています。

幸いなことに、阿里山カフェという日本を代表するプラントベースなオーガニック食材を買えるお店があったり、固定種(品種改良されていない古来の種)の野菜豊富に売っている地域なこともあり、リーズナブルにベジ生活をしています。

VEGANのもっとも核心であるアヒムサ(非暴力)については、ここ3年で殺してしまった動物は(認識できる範囲で)蚊を5匹ほど、ゴキブリ、ハエの殺害はゼロで、ここ2年は蚊もすべて手でつかまえて外に逃しています。

ゴキブリが出現しても慌てずさわがずに外に逃す技を習得しました、笑。

そんな感じで、わりといい感じに(適当)ヴィーガンをしていまして、毎年日本を代表するヴィーガンの団体にその年を代表するヴィーガンとしてノミネートされたりしています。

今年も2月に表彰をしていただくことになり主催団体さまには感謝しかありません。

▼2019年ベジタリアンアワード

動物や地球や健康のためではなく私利私欲のためのヴィーガンである。

そもそも、僕がどうしてベジタリアンになったかというと・・・

子供の頃から肉、魚が苦手で、美味しさと身体の気持ち良さを基準に食べ物をチョイスしていたら、いつの間にかプラントベースな生活になっていました。

2008年頃からインドに通いはじめ、インド哲学に興味を持ってから、さらに非暴力を心がけるようになり、サティア・サイババやインドの聖者の教えを実践するヨガ的生活に移行していきます。

その辺の経緯に興味がある人は下記の記事を読んでください。

いずれにしても、ヴィーガンという概念にそった生き方をしてきて、それを極めるようなライフスタイルを実践し、心身ともに充実した毎日を送っている僕(@ka__zz)なのでした。

余談ですが、

おかげさまで2018年12月には仲間たちと台湾でオリエンタルヴィーガンの本を出版して、この本は東京都内の五葷(にんにく、ネギ類)抜きのヴィーガン料理店のガイドブックで、来日する台湾人のために取材に奔走して編集したもので、台湾国内の書店に並んでいます。

僕がヴィーガンな理由をもう一度まとめてみますと・・

・美味しい!
・気持ちいい!
・楽しい!

この3つが主な理由でして、僕の心と身体が思い切り喜ぶ食事を選択してきた結果・・・

動物性食材、添加物抜きのベジ飯に行きつきました。

お肉、魚をガマンをしているのではなく、美味しさと身体の体感的気持ち良さ、つまり快楽を追求した結果、ベジ生活になったのが僕(@ka__zz)です。

そんな食生活をブログで情報発信した結果、月間15〜25万PVまで成長し、多くの人に影響を与えることができる発信者になることができたのです。

ですので、もともとがヴィーガニズの中心にある動物愛護、環境保護の観念は僕にはなく、健康に良いベジ飯と言われていますが、例えばベジタリアンフードを食べることで病気になるという医学的証明がされたとしても、僕は大好きなベジ飯を辞めることはないでしょう。

▼僕がハマっている任天堂Switchのゼルダの伝説(2がでるようです!)

僕的に感覚に合わなくなったヴィーガンという概念。

インド滞在中に食べているベジ飯。

先にウィキペディアによるヴィーガンの説明をしましたが、ヴィーガンという言葉を使う人によって、その意味が違うのが実情です。特にフード業界では植物性100%の料理のことをヴィーガン料理と表現して、そこには動物愛護や環境保護、アヒムサ(非暴力)は含まれていないことがほとんです。

・ヴィーガンラーメン
・ヴィーガンバーガー
・ヴィーガンお菓子…

などなど、植物性100%で無添加(保存料ゼロ、化学調味料ゼロ)であることを表現しています。

これは日本だけではなく、全世界共通の認識で、欧米のお菓子には植物性100%を意味するVeganマークが書かれています。動物愛護に関するマークもあって、主に化粧品にあるのが動物実験ゼロのマークです。

このようにヴィーガンという概念は業界によって、人それぞれ使う意味がそれぞれ異なります。

▼個人的にいちばん美味いベジラーメンがこれ

ヴィーガンという概念に抜けている一番大事な考え方があるんです。

さあ、ここからがこの記事のメインになります。

人それぞれヴィーガンという言葉に含めた意味は違い、動物愛護、動物福祉、環境保護、健康、プラントベースなどなどありまして、ヴィーガンという冠を自分につけて人それぞれに正義があり、人それぞれに正しさある。

しかし、僕的にこの世界でいちばん大事なことが抜けていることに、前々から気づいていました。

そこが僕にとってのいちばんの違和感であり、今回ヴィーガンを卒業するに至った理由です。

それが・・・

「自分をいちばん大事にすること」

です。

動物の命、植物の命、地球や自然界を大事にすることは、人として当たり前のことであって僕たちは幼稚園で習いました。

ところが、自分自身を大事にすることは学校や社会では決して教えてくれませんから(親から教わった人は幸いです)、大人になってから自分のことを大事にしていない人が本当に多い世の中です。

昨今では宗教ですら、自分を大事にすることを教えてなかったりします。

ベジタリアンが増えれば世界が平和になる・・という説があって大雑把に考えるとそうなんですけど、トゲトゲした心を残したままのベジタリアンやヴィーガンが増えても戦争はなくならないどころか、世界の暴力は減りません。

自分を大事にできない人が、他者(動物、環境)を本質的に大事にすることはできません。

その結果・・他人と自分自身を攻撃する人がいたり・・(非暴力はどこへいった?笑)、facebookやtwitterなどのSNSを眺めていてると、ヴィーガンという概念に奴隷になっている人や攻撃的な想念をもった人がやたらと多いのが実情です。

これは世界的な現象で、アヒムサの根源的な思想がすっかりどこかへ行ってしまい、他者(動物、環境)の痛みに自己がかかえる傷を投影しているだけで、自分の不足感を補うためにヴィーガンを利用しているのです。

(この文章を読んでカチンときたりイラっとした人は要注意)

もちろんハッピーに豊かにヴィーガン生活を送っている人もたくさんいまして、そんな人は自分の存在自体が豊かであることを理解しているので、ヴィーガンがどうのこうのとか発言すらありません。


▲このブログで使っているテーマ

ヴィーガンを辞めた僕は果たしてどんな生き方をするのか?

girnal mountain
西インドで片道9999段の石段を登って登山参拝をした僕。

ここまで読んで、何を言っているんだこいつは?

と理解できないにしても、心情的にイライラして否定したくなっている人がいたら、その人は先に述べた自分を大事にしていない人、自分の心の穴を満たすのにヴィーガンという概念を利用している人の該当者です。

いますぐコメント欄に文句を書き込みたい人は、自分を大事にしているかどうか?いちど真剣に向き合ってみるといいでしょう。

何も当てはまらなければ、スルーするのが人間の心理ですので。
そんなわけで、ヴィーガンという概念やイメージが僕にとっては「植物性100%、無添加」というフード業界が便宜上意味づけしている以外は使う理由が無い・・ってことは、「自分がヴィーガンである」と定義する必要がなくなったのでした。

なので、

食べたいものを自由に食べる。

それが、僕にとっての”食”の定義です。

肥沃な大地で育った美味しい野菜、創意工夫とアイデアで作られたベジ飯とスイーツ。

追記2019年5月10日
この記事を読んだ友人から肉を食べ始めてたのか?とよく聞かれるので書いておきます。この記事を執筆後も、以前と変わらずベジ生活を楽しんでいます。パーマカルチャーを学び、実践しながら畑で無農薬野菜を作り(昆虫や動物たちの分も)、以前にも増してナチュラル&プラントベースな暮らしをしています。

 

この記事は、西新宿のアインソフリプルでベジバーガーを食べながら書いています。野菜だけでこんなに美味しいバーガーが作れるなんてミラクルですよね。

自分を大事にするというのは、自分の身体と心に向き合い、本当に身体が必要としているモノを食べることです。そして食べたエネルギーをフルに使ってバリバリ働き、社会と地球の役に立つ生き方をすることです。

大切なのは・・

何を食べるか?ではなく、どう生きるかです。

動物、植物問わず、いただいた命で社会と自然界のために汗をかいて働くこと。

それぞれが自分の人生をフルに楽しむことこそ、世界に平和をもたらすいちばんの近道です。
てことで・・・今後も自分の気持ち良さ、美味しさをひたすら楽しみながら、自分自身をいちばん大事にして生きて参ります。僕の精神、魂が平安になればなるだけこの世界は平和になり、結果として自然界にも安寧が訪れるでしょう。

それがこの宇宙の仕組みですので。

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